脳は後ろから前へ、20代半ばまでかけて仕上がっていく
大脳皮質の成熟と、前頭前野が最後になる理由
一言でいうと
同じ子どもを10年近く追いかけて、2年おきに脳を撮り続けた研究だ。 見えてきたのは、大脳皮質が一斉に完成するのではなく、後ろから前へ順番に 仕上がっていくという絵だった。感覚と運動の領域が先に終わり、 判断や自制を担う前頭前野は最後で、20代の初めまでかかる。 思春期の無鉄砲さも、若いうちの吸収の速さも、この時間差の上に乗っている。
論文が実際に言っていること
ゴグテイらは、4歳から21歳までの健康な子ども13人に対し、 2年おきに繰り返しMRIを撮った。同じ人を追う縦断デザインなので、 「年齢の違う人を並べる」やり方につきまとう個人差の問題を避けられる。 そこから皮質の灰白質密度の変化を、脳の表面全体にわたって動画のように可視化した。
結果はこうだ。灰白質は思春期にかけて減っていく。減るのは劣化ではなく、 使われないシナプスが刈り込まれ、軸索に髄鞘が巻かれて伝達が速くなる過程だと考えられている。 配線が整理されて速くなる、という意味では成熟の指標だ。
重要なのはその順番だった。刈り込みは一様に進まない。
- 最初に成熟するのは一次感覚野と運動野。見る・聞く・動かすを直接担う領域だ
- 次に、それらを束ねる連合野へ波が進む
- 最後まで残るのが背外側前頭前野と上側頭回の一部で、 ここが落ち着くのは20代の初めになる
そしてこの順番は、進化の順番ともおおむね一致していた。 古くからある領域が先に固まり、ヒトで大きく拡張した領域ほど後に回る。
前頭前野は目標を保ち、注意を導き、衝動を抑える係だ。 その領域が最後に仕上がるという事実は、 思春期にアクセルとブレーキの発達差が生じるという 行動レベルの観察と、きれいに噛み合う。
だから、どう生きるか
若い人の判断を、性格の問題として扱わない。 10代後半の無謀な選択は、その人が軽率だからではなく、 抑える側の配線がまだ工事中だからという説明がつく。 叱って直る種類の話ではないので、効くのは環境のほうだ。 目の前から消す、 「いつ・どこで・どうやるか」を先に決めておく—— 意志に頼らない仕掛けは、前頭前野が育ちきる前ほど価値が高い。
自分が10代・20代なら、経験を先に積む。 配線が整理されている最中というのは、外から入る情報が構造に反映されやすい時期でもある。 何を繰り返したかが、そのまま何が残るかになる。 逆にいえば、この時期に埋めた時間の中身は、後から埋め合わせにくい。
20代半ばを過ぎても、終わりではない。 この論文が示したのは「成熟の順番」であって、 そこで可塑性が尽きるという話ではない。実際、大人でも 3ヶ月の練習で灰白質は増えるし、 運動で海馬は大きくなる。 変わりにくくなるのは事実だが、変わらないのとは違う。
そして、疲労とストレスは前頭前野から効く。 最後に仕上がる領域は、最初に落ちる領域でもある。 強いストレスは真っ先に前頭前野を止める。 大事な判断を、疲れた夜に前頭前野だけの力で押し通そうとしない。 順番を変えて、翌朝に回す。
ここからは僕の飛躍だ
ここからは僕の解釈だ。この「後ろから前へ」という順番を見ていると、 教育の設計が逆になっている場面が多いように思える。 抽象的な判断や長期の計画は、いちばん最後に仕上がる領域の仕事だ。 それを一番早い時期に要求して、できないことを本人の資質のせいにしていないか。
もうひとつ。AIは、前頭前野が担っている仕事の一部——手順を保つ、抜けを見つける、 複数を突き合わせる——をかなり肩代わりできる。 だとすれば、育ち切っていない時期や、疲れて落ちている時間帯に、 道具のほうで補うという発想はもっとあっていい。 ただし思い出す工程と意味を考える工程は外に出せないので、 そこは自分で埋める必要が残る。
研究の限界も書いておく。参加者は13人と少なく、健康な子どもに限られている。 灰白質密度の減少は「刈り込みと髄鞘化」と解釈されているが、 MRIが直接シナプスを見ているわけではなく、あくまで間接的な指標だ。 また「20代半ばまで発達する」という言い方は、この論文の主張を超えて一人歩きしている面がある。 成熟の終点は測り方や領域によって幅があり、「25歳で完成」といった具体的な数字が 確立されているわけではない。境界は思っているよりぼやけている。
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