ロンドンのタクシー運転手は、海馬が大きい
海馬と空間記憶(ロンドンのタクシー運転手)
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一言でいうと
ロンドンのタクシー運転手の脳を撮ったら、海馬の後ろ側が一般人より大きかった。しかも運転歴が長い人ほど大きい。ただし同時に、海馬の前側は小さくなっていた。脳は増やしたのではなく、配分を変えていた。
論文が実際に言っていること
ロンドンでタクシーの営業許可を取るには、市内2万5千の街路と主要施設を暗記する「The Knowledge」という試験に通る必要がある。準備に数年かかる。この論文は、その試験を通った運転手16人の脳を MRI で撮り、年齢の揃った対照群50人と比べた。
海馬の後部の灰白質量が、運転手のほうが有意に大きかった。そして、その大きさは運転経験の年数と正の相関を示した。長くやっている人ほど大きい。
一方で海馬の前部は、運転手のほうが小さかった。全体の体積そのものは、両群で差がなかった。
著者らは、空間的な地図を扱う後部に容量が再配分された結果だと解釈している。
だから、どう生きるか
何を自分の脳でやるかを、意識的に選ぶ。
この論文が本当に怖いのは、大きくなったところではなく、小さくなったところだ。脳の容量は無尽蔵ではない。深く使った部分は物理的に育つが、それは他の部分を削って捻出されている可能性がある。
つまり、「何を自分でやるか」の選択は、そのまま「何を自分でやらないか」の選択でもある。地図をナビに任せるのは合理的だ。ただ、その分の容量が自動的に別の有益なものに回るわけではない。何に回すかを決めるのは、あなたしかいない。
そして、大人になってからでも間に合う。
運転手たちは子どもではない。成人してから数年、集中的に一つのことをやり込んだ結果として、脳の形が変わっている。「もう歳だから」は、少なくともこの水準の話では通用しない。
AI に任せられることが増えたぶん、自分の脳に何を数年単位で叩き込むかを、選べる立場になったとも言える。問題は、選ばないと、何も叩き込まれないまま数年が過ぎることだ。
ここからは僕の飛躍だ
これは相関研究である。「暗記したから海馬が育った」のか、「もともと海馬の後部が大きい人がタクシー運転手として生き残る」のかは、この論文だけでは決着しない。著者らも慎重に書いている。(後に同じ研究室が、訓練前後を追った縦断研究を出して、訓練の側を支持する結果を報告している。)
被験者は16人と少なく、全員が男性である。
そして「ナビを使うと海馬が縮む」とは、この論文はひとことも言っていない。前部が小さかったという所見から、僕が容量のトレードオフという話に広げただけだ。そこは論文の主張ではない。
それでも、成人の脳が経験で物理的に変わるという事実は、この論文が世に定着させたものだ。何に時間を使うかという問いが、比喩ではなく解剖学の問いになる。
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