脳の中には、自分が「どこにいるか」を示す細胞がある
場所細胞と海馬の空間地図
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一言でいうと
ネズミが箱の中を歩き回るとき、海馬のある細胞は、箱の特定の場所に来たときにだけ発火した。別の細胞は、別の場所で発火する。脳は、外の空間を、細胞の発火パターンとして内部に描いていた。「場所細胞」の発見であり、脳が世界の地図を持っていることの、直接の証拠だ。
論文が実際に言っていること
自由に動き回るネズミの海馬から、単一の神経細胞の活動を記録した研究だ。当時、海馬が何をしているかは謎だった。オキーフらは、ネズミが環境を探索する間、個々の細胞がいつ発火するかを丹念に調べた。
すると、驚くべきことが見つかった。ある細胞は、ネズミが環境の特定の場所にいるときにだけ、活発に発火する。ネズミがその場所を離れると、静かになる。別の細胞は、また別の場所で発火する。細胞ごとに、担当する「場所」が決まっていた。これを「場所細胞(place cell)」と呼ぶ。
多数の場所細胞が、それぞれ環境の異なる地点を担当し、全体として、その環境の地図を脳内に作り上げる。ネズミがどこにいるかは、どの場所細胞が発火しているかで、脳の内部から読み取れる。
この発見は、「脳は世界の認知地図(cognitive map)を内部に持つ」という考えに、生理学的な裏づけを与えた。のちに、この地図を座標系として支える「グリッド細胞」も発見され、オキーフらはノーベル賞を受けた。私たちが空間を把握し、道を覚え、頭の中で場所を思い描けるのは、こうした細胞群が、世界の構造を内部に写し取っているからだ。
だから、どう生きるか
「地図を自分で持つこと」の価値を、見直す。
これがこの発見から引ける視点だ。脳は、空間を内部の地図として能動的に構築する。実際に歩き、道を覚え、位置関係を把握する経験を通じて、この地図は作られる。ロンドンのタクシー運転手の海馬が大きいのは、この地図を精密に育てた結果だった。裏を返せば、地図を作る作業をしなければ、その回路は育たない。空間を把握する力は、使うことで維持・強化される。
ナビに頼りきると、内的な地図が育たない。
いまの文脈では、ここが効く。カーナビやスマホの地図に完全に頼ると、脳は自分で認知地図を作る必要がなくなる。曲がる場所を指示されるままに進むのは、場所細胞に地図を刻む作業を、外部に肩代わりさせることだ。便利だが、その分、自分で空間を把握する力は育たない。実際、habitualなナビ利用と空間記憶の関係を調べた研究も出ている。時々は、地図を見ずに、自分の頭の地図で歩いてみる。
「地図を持つ」は、空間以外の学びの比喩にもなる。
海馬の地図は、空間だけでなく、より抽象的な関係——概念どうしのつながり、出来事の順序——の把握にも関わると考えられている。何かを学ぶとき、断片を丸暗記するのではなく、全体の中でどこに位置するかという「地図」を作ると、扱いやすくなる。個々の事実を、地図上の一点として結びつける。これは、意味を深く処理することとも通じる。
ここからは僕の飛躍だ
これはネズミの海馬の、場所細胞に関する初期の報告だ。「認知地図」や、抽象的な関係の把握への拡張は、その後の膨大な研究で発展したもので、この短い論文が示したのは、場所細胞の存在そのものである。
「ナビに頼ると地図が育たない」「学びも地図として捉えよ」は、この発見から僕が引いた解釈で、1971年のこの論文が述べていることではない。
それでも、脳が空間を細胞の発火として内部に写し取り、認知地図を持っている、という中核は、その後ノーベル賞につながった大発見だ。世界の地図を自分の脳で作ること——空間でも、知識でも——の価値を見直すこと。それがこの一本の使いどころだと思う。
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