作業を切り替えるたび、必ず税金を取られている
タスクスイッチングと切り替えコスト
一言でいうと
別の作業に切り替えた直後は、反応が遅くなり、間違いも増える。 これを切り替えコストという。厄介なのは、 あらかじめ準備しても、コストが完全には消えないことだ。 残る分は、前の作業の設定が勝手に居座っていることに由来する。 「同時にやっているつもり」の作業は、実際には切り替えの連続であり、 その回数ぶんの税金を毎回払っている。
論文が実際に言っていること
モンセルによる、タスクスイッチング研究の総説だ。 基本的な実験はこういう形をしている。同じ刺激(たとえば数字)に対して、 あるときは「奇数か偶数か」、あるときは「大きいか小さいか」を答えさせる。 同じ課題が続く試行と、課題が切り替わる試行で、反応時間と誤りを比べる。
分かっていることは、おおむね次の通りだ。
切り替えた直後は、必ず遅くなる。 数百ミリ秒の単位で遅れ、誤りも増える。 これは課題そのものの難しさとは別に発生する。
準備するとコストは減るが、ゼロにはならない。 「次は別の課題だ」と事前に知らせ、十分な時間を与えると、コストは小さくなる。 だが一定量が必ず残る。この残った分を残差コストと呼ぶ。 つまり切り替えには、意識的に準備できる部分と、 実際に新しい課題をやってみるまで解消しない部分がある。
直前の設定が邪魔をする。 前の課題のルールが、まだ残って干渉している。 とくに「さっきまでやっていた課題」に戻るときのほうが、 「しばらくやっていない課題」に移るときより遅くなる場合がある。 一度抑えたものを再び立ち上げるには、余分な手間がかかるということだ。
慣れても消えない。 練習すればコストは縮むが、なくなりはしない。
モンセルはこれを、単一の「切り替えスイッチ」の働きとして説明する立場と、 干渉の残りとして説明する立場の両方を紹介し、 どちらか一方では説明しきれないと結論している。
だから、どう生きるか
1. 切り替えの回数を、作業時間より先に管理する。 「今日は何時間やったか」ではなく「今日は何回切り替えたか」を見る。 1時間の作業を10回中断されたなら、10回ぶんの税金を払っている。 中断されるほど注意が散るという話と、ここは地続きだ。
2. 同じ種類の仕事をまとめる。 メールを見る時間を1日2回に固定する。会議を同じ曜日に寄せる。 書く仕事と会話する仕事を、同じ午前に混ぜない。 種類が同じなら設定が使い回せるので、税金がかからない。
3. 切り替える前に、戻る場所を書き残す。 残差コストの一部は「どこまでやったか」の再構築に使われる。 中断されるときに一行だけ「次は◯◯から」と書いておくと、復帰が速い。 これは意志ではなく手続きで解決できる部分だ。
4. 「ちょっとだけ確認」を数える。 通知1つ見るのは数秒でも、そこから戻るのは数秒では済まない。 切り替えコストは、中断そのものの長さと比例しない。 だからスマホを別の部屋に置くような対策が、 実感以上に効く。
5. 準備できる部分は、準備する。 コストがゼロにならないとはいえ、事前に知っていれば減る。 1日の初めに「今日はこの3つを、この順でやる」と決めておくだけで、 切り替えのたびに発生する立ち上げの一部を前払いできる。
ここからは僕の飛躍だ
ここからは僕の解釈だ。切り替えコストの話でいちばん効いたのは、 「同時にやる」という言葉を疑うようになったことだった。 人間の側で同時に走っているものは、ほぼ無い。あるのは高速な往復だけで、 往復のたびに料金が発生している。 だとすれば「マルチタスクが得意」という自己評価は、 往復に慣れて痛みを感じなくなった状態を 指しているのかもしれない。痛みが減っても、料金は引かれ続ける。
もうひとつ。残差コストという概念は、 「気合いを入れれば切り替えは速くなる」という前提を壊してくれる。 準備できる部分は準備すればいい。だが準備できない部分があると分かっていれば、 自分の遅さを責めずに、設計のほうを変えられる。
AIの時代には、この話が少し厳しくなる。道具が返答を待つ時間を作るので、 その隙に別のことをやりたくなる。だが待ち時間ぶんの得より、 切り替え2回ぶんの税金のほうが高いことは多い。 待つなら、何もしないで待つほうが速い場面がある。直感には反するが。
研究の限界も書いておく。ここで扱われている切り替えは、 数字の判定のような単純な課題を秒単位で切り替える実験室の状況だ。 「資料作成から会議へ」のような、分単位・時間単位の切り替えに 同じ数字がそのまま当てはまる保証は無い。 実際の職場での中断を調べた研究では、 中断された仕事はむしろ速く終わることもあり(そのかわり緊張と負荷が上がる)、 話は単純ではない。切り替えは常に悪、という読み方はしないほうがいい。
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