マルチタスクが得意な人ほど、注意が散っている
メディア・マルチタスクと注意
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一言でいうと
日常的に複数のメディアを同時に扱っている人は、そうでない人に比べて、無関係な情報に引っ張られやすかった。得意になっているどころか、逆だった。しかも、マルチタスクの核心であるはずのタスク切り替えまで遅かった。
論文が実際に言っていること
まず質問紙で、普段どれだけ複数のメディアを同時に使っているかを数値化し、上位群(ヘビーマルチタスカー)と下位群を作った。そのうえで3種類の課題を課している。
フィルタ課題。 画面上の特定の図形だけを覚え、他は無視する。妨害刺激を増やしていくと、上位群のほうが成績が落ちた。無視すべきものを無視できていない。
記憶課題。 記憶の中から不要になった項目を切り捨てる必要がある課題でも、上位群は古い項目に引きずられた。外からの妨害だけでなく、頭の中の要らない表現も抑えられていない。
タスク切り替え課題。 ここが意外なところで、上位群は切り替えのコストがむしろ大きかった。日常的に切り替えている人のほうが、切り替えが下手だった。
著者らは、上位群が「入ってくる情報を広く拾う」方向に寄っていて、目標に沿って絞り込む制御が弱いのではないか、と解釈している。
だから、どう生きるか
「並行してやれている」という感覚を、証拠として扱わない。
この研究の実用的な要点は、自己評価が当てにならないという点にある。上位群は自分を無能だとは思っていない。日常的にそれをやり、こなせている感覚がある。それでも測ると落ちている。
だから、感覚ではなく環境で決める。開くウィンドウを1つにする、通知を切る、といった対策が退屈なのは、感覚に訴えないからだ。効いている実感がないまま効く。
AI は、この傾向を強める側にある。
AI に何かを走らせている間、待ち時間が生まれる。その待ち時間に別のことをするのは自然だし、実際そうやって並行本数を増やせるようになった。生産性が上がったように見える。
ただ、この論文が測ったのは、そういう生活を続けている人の注意そのものの状態である。並行本数が増やせることと、注意が保てることは別の話だ。
ここからは僕の飛躍だ
これは相関研究であり、因果は分からない。マルチタスクの習慣が注意を散らしたのか、もともと注意が散りやすい人がマルチタスクに向かうのか、この論文では区別できない。著者ら自身がその限界を明記している。
被験者は大学生である。2009年の研究で、当時の「メディア」の中身は今とかなり違う。
「AI がこの傾向を強める」は完全に僕の推測で、根拠はない。
それでも、並行処理の習慣がある人ほど注意の制御が弱い、という向きの関連が実測されている事実は残る。少なくとも「慣れれば得意になる」という素朴な期待は、この結果とは合わない。
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