脳と心理と、その使い方

聞いてもいない言葉を、はっきり「聞いた」と思い出す

偽りの記憶とDRMパラダイム

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一言でいうと

「ベッド」「休む」「目覚める」「疲れ」「夢」……と、眠りに関連する語を聞かせる。あとで思い出させると、多くの人が「睡眠」を聞いたと答える。だが、そのリストに「睡眠」は一度も出てこない。関連語を並べるだけで、提示されていない核心の語の、鮮明な偽の記憶が作られる。

論文が実際に言っていること

「DRM課題」として知られる、偽の記憶を実験室で確実に作り出す手続きだ。

被験者に、単語のリストを聞かせる。それぞれのリストは、ある一つの語(核心語、たとえば「睡眠」)と強く関連する語だけで構成されている。「ベッド、休息、起きる、疲労、夢、まどろむ……」。だが、その核心語「睡眠」自体は、リストに含めない。

その後、覚えていた語を思い出させる、あるいは提示された語かどうかを判定させる。すると、被験者は、実際には聞いていない核心語「睡眠」を、高い確率で「聞いた」と答えた。その割合は、実際にリストにあった語を思い出す確率と、同じくらい高いこともあった。

さらに衝撃的なのは、確信の度合いだ。被験者は、この偽の記憶を、「たしかに聞いた」とはっきり感じていた。「なんとなくそんな気がする」ではなく、聞いた瞬間の記憶があるかのように、自信をもって報告する。偽の記憶は、本物の記憶と、主観的には区別がつかなかった。

なぜ起きるのか。関連語を聞いている間に、頭の中では核心語「睡眠」も活性化する。その内部で立ち上がった活性化を、後になって「外から入ってきた」記憶と取り違える。自分の脳が生成したものを、経験したものと混同する。

だから、どう生きるか

「はっきり覚えている」を、正確さの保証にしない。

これがこの研究の芯だ。偽の記憶は、ぼんやりした曖昧なものとして現れるとは限らない。むしろ、本物と同じくらい鮮明で、確信を伴って現れる。だから、「確かに覚えている」という主観的な強さは、その記憶が正確である証拠にはならない。特に、いくつもの関連情報に囲まれた中で「思い出した」細部は、実際には自分の脳が補完したものかもしれない。質問の言葉で記憶が変わるのと合わせて、記憶の鮮明さを過信しない。

「筋の通った細部」ほど、後から埋められた疑いを持つ。

脳は、断片から、辻褄の合う全体を作る。関連する要素が揃っていると、その中心にあるはずの「核心」を、実際には無くても補ってしまう。だから、話が綺麗に筋が通っているとき、その一貫性は、事実の正確さではなく、脳の補完能力の産物かもしれない。重要な記憶は、整合性ではなく、外的な記録と照合して確かめる。

AIは、あなたの記憶に「もっともらしい核心語」を供給する。

いまの文脈では、ここが重い。DRM課題で偽の記憶を生んだのは、関連語という文脈だった。AIは、あなたの曖昧な記憶の周辺情報から、「たぶんこうだった」という、もっともらしい核心を大量に補完できる。その補完を受け取ったあと、自分が本当に経験したことと、AIが供給した「核心語」の境目は、主観的に消える。しかも、その偽の細部は、確信を伴って感じられる。過去を整理してもらうときほど、供給された核心を、自分の記憶と分けておく。

ここからは僕の飛躍だ

この課題は、単語リストという、かなり人工的な状況で偽の記憶を作る。日常の複雑な出来事の記憶に、同じ確率・同じ鮮明さで偽の記憶が生じるかは、この研究だけからは言えない(DRMの結果を現実の目撃記憶などにどこまで一般化できるかは、議論がある)。

「AIが核心語を供給する」は、この現象を今の道具に延ばした僕の解釈で、1995年のこの論文が述べていることではない。

それでも、関連する文脈だけで、提示されていない情報の鮮明で確信的な偽の記憶が生じる、という中核は、極めて再現性の高い頑健な現象だ。記憶の鮮明さと確信を、正確さの証拠にしないこと。それがこの一本の使いどころだと思う。

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