脳と心理と、その使い方

人は確率を計算しない。3つの近道で済ませている

ヒューリスティックと認知バイアス

一言でいうと

確率の判断を求められたとき、人は確率を計算しない。もっと簡単な3つの近道に置き換えている。 似ているか(代表性)、思い出しやすいか(利用可能性)、最初に見た数字はいくつだったか(係留)。 どれも普段はよく当たる。だが外れるときの外れ方には決まった型があり、 その型は統計の訓練を受けた人でも消えない。認知バイアスの研究は、この1本から始まった。

論文が実際に言っていること

トヴェルスキーとカーネマンが、それまでの一連の実験を1本にまとめた総説だ。 主張は単純で、人は確率の代わりに少数のヒューリスティック(判断の近道)を使う。 近道は有用だが、系統的な——つまり毎回同じ方向に外れる——誤りを生む。

代表性 は「それらしさ」で判断する近道だ。 「スティーブは内気で几帳面、細部にこだわる」と聞くと、多くの人は司書だと答える。 だが世の中には司書より農家のほうがはるかに多い。もとの割合が無視されている。 同じ理由で標本の大きさも無視される。1日45人が生まれる大きな病院と15人の小さな病院で、 「男児が6割を超える日」が多いのはどちらかと聞かれると、人は「同じくらい」と答える。 正解は小さいほうだ。標本が小さいほど大きく振れる。

利用可能性 は、思い出しやすさを頻度に読み替える近道だ。 英語で「rで始まる単語」と「3文字目がrの単語」ではどちらが多いかと聞かれると、 多くの人は前者と答える。実際は後者のほうが多い。前者が思い出しやすいだけだ。 報道された事故が過大に、地味な病気が過小に見積もられるのも同じ構造から来る。

係留と調整 は、最初の数字に引きずられる近道だ。 8×7×6×5×4×3×2×1 を5秒で見積もらせると答えの中央値は2250、 順番を逆にして 1×2×3×…×8 にすると512になった。正解はどちらも40320だ。 先頭の数字が錨になり、そこからの調整が足りない。 しかも錨は無関係な数字でもよく、その場で回したルーレットの出目ですら効いてしまう。

そして著者たちは、この3つが専門家でも消えないことを繰り返し強調している。 統計を学んだ研究者でも、直感で答えるときには同じ誤りをする。 知識があることと、その場で使えることは別だという話でもある。

だから、どう生きるか

3つの近道は、それぞれ違う対策を要求する。まとめて「バイアスに気をつける」では効かない。

代表性には、もとの割合を思い出す。 「それらしい」と感じたときは、そもそもその母集団に何人いるのかを確かめる。 症状が珍しい病気に似ていると思ったら、その病気がどれくらいの頻度で起きるかを先に見る。 転職や起業の判断でも同じで、成功した人の物語がどれだけ自分に似ていても、 分母を見ないかぎり確率にはならない。

利用可能性には、思い出しやすさの偏りを疑う。 すぐ例が浮かぶのは、それが多いからではなく、目立つから・最近だから・自分に近いからかもしれない。 だから「怖い」と感じたときこそ、実際の頻度を一度だけ調べる。 逆に「めったに無い」と感じたときも、単に報道されていないだけの可能性がある。

係留には、順番を変えてもう一度考える。 交渉で先に出た金額、見積もりの最初の案、上司が口にした期限。どれも錨として効いている。 有効なのは逆から考え直すことだ。「この数字を聞いていなかったら、いくらと答えたか」を自分に問う。 あるいは、相手より先に自分の数字を出してしまう。

見積もりの幅にも注意がいる。この論文は、人が自分の推定に対して 狭すぎる範囲を置くことも報告している。「だいたい2週間」と言うとき、 その2週間はほぼ最良の場合の数字だ。工数の見積もりが常に足りないのは、 根性の問題ではなく係留と調整の帰結でもある。幅を聞かれたら、思いついた幅を倍にしておく。

そして3つに共通する対策がひとつある。判断の根拠を、判断する前に書く。 何を見て決めるか、どういう条件なら考えを変えるか。 あとから思い出した理由は作文になるので、記録は前に取るしかない。

ここからは僕の飛躍だ

ここから先は僕の解釈だ。この3つは「直すべき欠陥」というより、 限られた時間と容量で動く装置の仕様だと思っている。 人は最適を選ばず「これで十分」で手を打つし、 それでたいていの場面は間に合う。すべてを確率で処理していたら、朝食も決められない。

だとすれば目標は、近道をやめることではない。近道が効かない場面を見分けることだ。 めったに起きない、金額が大きい、取り返しがつかない。この3つが揃った場面でだけ、 遅い手続きに切り替える。それ以外は近道で構わない。

AIの時代には、この切り分けの重みが変わる。計算も検索も外に出せるようになった。 だがどの判断を遅い手続きに回すかの選別は、自分でしか決められない。 そして選別そのものが、まさに「それらしさ」で行われがちだ。ここは自動化の外側に残る。

研究の限界も書いておく。これは1974年の総説であり、 紹介されている実験の多くは少人数の学生を対象にしたものだ。 その後、この系統の実験の一部は追試で効果が揺れている。 また「人は確率を扱えない」という強い読み方には反論もある。 問題を頻度の形(「1000人のうち何人か」)で出し直すと正答率が大きく上がることが知られていて、 これは人が確率そのものより提示のされ方に弱いことを示唆する。 バイアスの一覧を暗記するより、この「出し方を変えると答えが変わる」という性質のほうを覚えておいたほうがいい。

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