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判断を誤る仕組みと、その避け方
損失回避・確証バイアス・帰属の誤り・バイアスの盲点
認知バイアスは知識として知っていても消えない。消えない前提で、判断の手順のほうを変えるしかない。まず型を知り、それぞれに効く手当てを一つずつ決める。
この記事で扱う論文 17 本
認知バイアスの一覧を眺めるのは楽しいが、知っていても直らない。 バイアスは知識の不足ではなく、装置の作りだからだ。 だから狙いは「気をつける」ことではなく、誤りの型ごとに、手順を一つ決めておくことになる。
そもそも、人は確率を計算していない
出発点はここだ。ヒューリスティックとバイアスは、 不確実な状況で人が確率の代わりに使っている3つの近道を整理した。 似ているか(代表性)、思い出しやすいか(利用可能性)、 最初に見た数字はいくつだったか(係留)。
近道は普段よく当たる。だから残っている。 外れるのは、もとの割合が効く場面(代表性)、 目立ちやすさと頻度がずれる場面(利用可能性)、 相場観が無い場面(係留)に限られる。 以下の型は、だいたいこの3つのどれかの現れ方だと思って読むといい。
損は、得より重い
プロスペクト理論が示したのは、 人が金額そのものではなく基準点からの変化で価値を測るということだ。 そして下向きの変化は、同じ幅の上向きより2倍以上重く感じられる。
ここから、実務で効く含意が出る。同じ提案でも、基準点の置き方で答えが変わる。 「導入すれば売上が5%伸びます」と「導入しないと5%失います」は、 数字が同じでも通り方が違う。自分が説得されているときは、 提案を反対向きに言い換えてみると、判断が変わるかどうかが分かる。
同じ内容でも、言い方で選ぶものが逆になる
損が重いということは、何を損と呼ぶかで答えが変わるということでもある。 フレーミング効果の実験では、 「600人中200人が助かる」と提示すると7割が確実な案を選び、 「400人が死ぬ」と提示すると8割が賭けを選んだ。中身は同じだ。
さらに、出発点の数字そのものが恣意的でも構わない。 アンカリングの実験では、 社会保障番号の下2桁を書かせてからワインの支払意思額を聞くと、 番号が大きい人ほど高い額を答えた。 そして厄介なことに、その後の判断は一貫している。 安いワインより高いワインに多く払う。相対的には正しく、絶対的な水準だけが根拠を欠く。
だから手当ては2つになる。提案は反対向きに言い換えてから判断する。 そして、数字を見る前に自分の上限を書いておく。
確率ではなく、怖さで測っている
リスク認知の研究は、 人が確率でリスクを測っていないことを示した。効いているのは 「どれだけ怖いか」「どれだけ未知か」「自分で選んだのか」だ。 だから飛行機は車より怖く、自分で運転する車は怖くない。
数字を見ればいい、で済まないのがこの話の厄介なところで、 恐怖の側にも情報は乗っている(自分で制御できないリスクを嫌うのは合理的でもある)。 それでも、判断の前に一度だけ実際の頻度を調べるのは安い保険だ。
人は、反証を探さない
ウェイソン選択課題は、 論理的に必要な検証を人がほとんどやらないことを見せた。 規則が正しいか確かめるには「規則が破られている場合」をめくる必要があるのに、 人は「規則が当たっている場合」ばかりをめくる。
これが確証バイアスの骨格だ。仮説があると、それに合う証拠を集めてしまう。 手当てはひとつしかない。「この考えが間違っているとしたら、何が観測されるはずか」を先に書く。 書いてから探す。順番が逆だと、いくらでも当たりが見つかる。
同じものを見ても、見えるものが違う
選択的知覚の研究は、 同じ試合のフィルムを見た両校の学生が、相手チームの反則を倍近く多く数えたことを報告した。 意見が違っていたのではない。見えていたものが違っていた。
議論が噛み合わないとき、解釈の違いだと思っていると詰む。 事実の認識そのものがずれている可能性を先に潰す。 「何が起きたか」を、評価抜きで並べて突き合わせる工程を挟むだけで、話が進むことがある。
他人は性格、自分は状況
基本的な帰属の誤りは、 他人の行動を性格で説明し、自分の行動を状況で説明する非対称を指す。 遅れてきた同僚はだらしなく、遅れた自分は電車が止まっていた。
対策は、非対称をひっくり返してみることだ。 他人の失敗を見たら「どんな状況ならこれが合理的になるか」を一つ考える。 たいてい一つは見つかる。見つかったからといって正しいとは限らないが、 最初の解釈が唯一ではないと分かるだけで、対応が変わる。
分かっていないことが、分からない
ダニング・クルーガー効果は、 能力の低い人ほど自己評価が高いという現象だ。理由は身も蓋もない。 下手さを見抜く力と、上手くやる力は同じ力なので、下手な人はそれも持っていない。
同じ穴は理解にも空いている。 説明深度の錯覚が示したとおり、 「分かっている」感覚は説明させると崩れる。 自己評価を当てにするのをやめ、外に出して測るしかない。書く、説明する、作る。
しかも、自分にだけはバイアスが無いと思っている
ここまで読んでも効かない理由がこれだ。 バイアスの盲点は、 人が他人のバイアスは見えるのに、自分のバイアスは見えないことを示した。 バイアスの説明を読んだ人は、他人がいかに歪んでいるかの理解を深める。
だから個人の内省には限界がある。効くのは手続きだ。 判断の前に基準を書いておく、決めた理由を残す、他人にレビューさせる。 自分の頭の外に判断の一部を置くのが唯一の現実的な対策になる。
「なぜそうしたか」の説明は、たいてい後づけ
内観の限界の研究は、 人が自分の判断の理由を正しく報告できないことを繰り返し示した。 実際に効いていた要因(並び順など)を挙げる人はほとんどおらず、 代わりに、もっともらしい理由が語られる。
自分の意思決定を振り返るときは、記憶に頼らない。 決めた時点で理由を書く。 後から思い出した理由は、判断の記録ではなく作文だ。
人は最適を選ばない。それでいい
限定合理性は、 人が全選択肢を評価などせず「これで十分」で手を打つ、と描いた。 これは欠陥ではなく、限られた時間と容量のもとでの合理的な戦略だ。
裏を返せば、選択肢を増やすことは親切ではない。 ジャム実験では、 24種類を並べたほうが足は止まったのに、実際に買ったのは6種類のときのほうが多かった。 そしてデフォルト効果が示すように、 初期設定はそのまま結果になる。
自分の生活に落とすなら、決めなくていいことを初期設定にしてしまうのが効く。 毎回考えることを減らすほど、考えるべきことに容量が残る。
注目している間、その重要性を過大に見積もる
フォーカシング・イリュージョンは、 「人生において何かが重要に見えるのは、それについて考えている間だけだ」という現象だ。 引っ越し、転職、収入——考えている最中は決定的に見えるが、 実際に手に入れたあとの幸福度への寄与は、想像よりずっと小さい。
大きな決断ほど、考えている最中の切迫感を割り引く。 一晩おいてから同じ判断ができるかを見るのは、これに対する素朴だが有効な手続きだ。
ただし、感情を切り離すと決められなくなる
バイアスを嫌うあまり「感情を排して論理だけで」と考えたくなるが、それは行き過ぎだ。 ソマティック・マーカー仮説の研究では、 感情に関わる脳領域を損傷した患者が、知能は保たれているのに 日常の意思決定ができなくなった。選択肢を延々と比較して、決められない。
感情は判断を汚す雑音ではなく、選択肢を絞り込むための重みづけとして働いている。 目指すべきは感情の排除ではなく、感情が何に反応しているかを言葉にすることだ。
手順にする
- 提案は反対向きに言い換えてから判断する(得の話か、損の話か)
- 金額や期限は、相手の数字を見る前に自分の上限を書く
- 怖さで測りそうなときは、一度だけ実際の頻度を調べる
- 仮説を立てたら、先に「間違いなら何が観測されるか」を書く
- 噛み合わない議論では、まず評価抜きの事実を突き合わせる
- 他人の失敗には「どんな状況なら合理的か」を一つ考える
- 理解度は自己評価でなく、書く・説明するで測る
- 決めた理由はその場で書く。後から思い出した理由は使わない
- 繰り返す判断は初期設定にして考えるのをやめる
- 大きな決断は一晩おく
- 決められないときは論理を足すのではなく、何が嫌なのかを言葉にする
AIに判断材料を出させるほど、材料は増える。だが 反証を探さない性質はそのままなので、 自分の仮説に沿った材料ばかりを集めさせることは簡単にできてしまう。 反対側の材料も同じ手間で出させる——道具が強くなるほど、この一手間の値打ちが上がる。
この記事で扱った論文
それぞれ独立した紹介記事がある。気になったものから読める。
人は確率を計算しない。3つの近道で済ませている
不確実な状況で人が使うのは確率ではなく、代表性・利用可能性・係留という3つの近道だ。速くて多くの場面で当たるが、外れ方には決まった型がある。
人は、得の喜びより損の痛みを2倍以上に感じる
同じ額でも、失う痛みは得る喜びの2倍以上重い。人は損を避けるために、割に合わない賭けをする。
同じ内容でも、言い方を変えると選ぶものが逆になる
「600人中200人が助かる」と「400人が死ぬ」は同じ意味だが、前者では慎重になり、後者では賭けに出る。言い方が選択を逆転させる。
社会保障番号の下2桁で、ワインに払える額が変わる
出発点の値段は、まったく無関係な数字でも決まる。いったん決まると、そこから先の判断は一貫して整合的に振る舞う。
人は、確率でなく「怖さ」でリスクを測る
人が感じるリスクは、実際の確率とずれる。制御できず、未知で、恐ろしいものほど、過大に恐れられる。
人は「正しさ」を確かめず、「当たり」を探しにいく
仮説を検証するとき、人は「当てはまる例」ばかり探し、「反証になる例」を調べようとしない。
同じ試合を見ても、応援するチームで見えるものが変わる
同じ映像を見ても、どちらを応援しているかで、見える反則の数が変わる。人は世界を、立場を通して見ている。
他人の失敗は「性格」、自分の失敗は「状況」のせいにする
人の行動を、状況の力を軽んじて、性格のせいにしすぎる。この偏りを、著者は「根本的な帰属の誤り」と名づけた。
能力が低い人ほど、自分を過大評価する
下手を見抜くのに必要な能力と、上手くやるのに必要な能力は同じ。だから下手な人は、自分の下手さに気づけない。
「分かっている」つもりのほとんどは、説明してみると崩れる
仕組みを説明しようとした瞬間、「分かっている」感覚は崩れる。馴染みを、理解と取り違えている。
人は、他人のバイアスは見えるのに、自分のは見えない
誰もが「自分は他人より偏っていない」と思っている。バイアスは、他人には見えるが自分には見えない。
「なぜそうしたか」の説明は、たいてい後づけの作り話だ
人は、自分の判断の本当の理由に気づけないことが多い。それでも、もっともらしい理由をすらすら語る。
人は最適を選ばない。「これで十分」で手を打つ
人の合理性には限界がある。すべてを比べて最適を選ぶのでなく、基準を満たせば決める「満足化」で動く。
選択肢が多すぎると、人は選べなくなる
選択肢が多いほど良いとは限らない。多すぎると、人はかえって選ばず、選んでも満足度が下がる。
初期設定を変えるだけで、臓器提供者が激増する
「何もしなければどうなるか」の初期設定が、人の選択をほぼ決める。放置される選択肢が、実質の答えになる。
何かに注目している間、そのものの重要性を過大に見積もる
「◯◯があれば幸せか」と考えた瞬間、その◯◯を過大評価する。注目したものは、いつも実際より重く見える。
感情を失うと、人は正しく決められなくなる
理屈は無事でも、感情の信号を失った人は、損な選択を繰り返す。判断は感情に支えられている。
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